日本ではTV番組の合間に15秒または30秒のCMが何度か入る。アメリカでも同じくCMが入る。しかし、アメリカのCMは3分ほど尺があるのだ。ただテレビの前で待つにはあまりにも長く退屈で腹立たしい3分の使い方は多様だ。いい具合に冷凍食品のCMが流れ、小腹がすいてくる午後10時過ぎには、冷凍のフライドチキンをオーブンに入れたり、レンジでポップコーンを作ったりできてしまうのだ。しかも、その後にはちゃっかりダイエット関係のCMも流れる。肥満大国の申し子のためのCMだ。

こうしたアメリカのCMを見ていると気づくことがある。それは、有名人が一人として出てこないことだ。未来のビッグスターを目指してCMでならす子供タレントはいるが、少しでも名前が売れだすと契約を切ってでも出演をやめるタレントが多いという。アメリカではCMは商品自体をアピールするもの、売れない三流タレントが演じるギャラの安い仕事であり、ハリウッドのきらびやかな俳優たちの仕事ではないのだ。だから、ニコール・キッドマンが何億ももらって日本のCMに出たことを知っているアメリカ人は少ない。有名俳優をCM採用した場合、故意にアメリカに逆輸入しないという暗黙の了解があるらしい。ハリウッド俳優が日本のコマーシャルに出ることはタブーなのだ。アメリカ人には「彼女も落ちぶれたものね」と、うつってしまうのだ。

商品を売るためにタレントを取り合う日本のCM業界とは正反対だ。実際CMで稼いでいるタレントも多い。日本では、「あの女優が使ってるんだからきっと奇麗になるんだろう」とか、「あの料理人が手がけた商品だからきっとおいしいのだろう」と、視覚から商品を洗脳していくシステムを採用しているのだろうか。その点、アメリカは勢いよくナレーターが商品について早口でしゃべりたて誰も知らないタレントを用いて売り出す分良心的なのか。それともCMにかける費用を大量生産にまわすシステムなのか…。どちらにせよ両国において「これは凄い!」という品物に巡り会ったことはない。




先日、アメリカ人の友達とテレビを見ていたときに宅配ピザのCMが流れた。それを見た私達は、あうんの呼吸でピザ屋に電話をした。その後、ビールとアイスクリームのCMが流れ、当たり前のように近所のコンビニまで余分な夜食を買いに行ってしまった。考え方も生まれた国も違うが、一つ共通していることがある。

誰が出演していようが、どういう手段でCMを作っていようが、私達は簡単に洗脳されてしまう生き物なのだ。